2012年4月27日 (金)

無理難題

春になって心機一転・・・というのは夢のまた夢。

ひとつのことが片付かないうちに、次のことが降りかかってくる。これはシゴトでもわたくしごとでも同じ。「これでもか!」などと毎日言われているような気がしてくる。ほんとうにトホホな日々が続くのだ。

こんなとき、だれもかれもが憎らしくなってくる。案外了見が狭いなあなどと冷静にみつつも、周期的に怒りにつつまれてしまうのだ。

人のためによかれなどという奢った気持ちでやっていたことは、実は大きなお世話だったのかも知れないなあ。

もうだまされないぞ。

と今夜は(も?)腑に落ちぬ気持につつまれて日付がかわった。

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2012年4月12日 (木)

サクラノシタデ

昨日の朝、電車に揺られていたら、ワンパクそうな顔立ちをした男の子が真新しい幼稚園の制服を着て、おかあさんの横で緊張した面持ちで座っていた。何か、キュッと緊張したような顔つきで、でも隣のお母さんにすがるような距離感で、対面の窓の外を眺めていた。

かつて、距離は遠かったのだけど、気持ちは身近にあったR太郎のことを思い出して、ちょっとだけキュッとした。泣き虫だったR太郎。でも弟をぶったりして、しっかりしようとして、しっかりできなくて、強くなろうとして、強くなれなかった4歳のR太郎。風のうわさに、もう小学生だと聞いた。もう、R太郎と会うことはないのだろうけど、なぜか彼のことを時折思い出す。

彼の人生にはこれからもっとつらいことややりきれないことも多々あるだろう。でも、頑張って生きていってほしい。生きるっちゅことは悪いことばかりではないけれど、いつも清くいられるわけではない。

でもそんなとき、Iマヤくんはいつもキミの見方でいようと思う。もしもキミと出会うことがあったら、40年の歳の差をこえて、キミに一人前のオトコとして接することにするよ。そしてもしもIマヤくんが、キミが悪いと思ったら、おもいっきりキミを殴るだろう。返り討ちにあうかもしれないけど。でもキミに対しては、Iマヤ君はいつも本気だ。

そんなことを考えながら、電車を降りて、サクラのつぼみの下を歩いていた。

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2012年3月26日 (月)

良質の涙

久しぶりに良質の涙を流した。場所は神戸のとある映画館。1月に京都でやっていたのだけれど、アルジェリアで寒さに震えていたので見れなかった一本。

フランコ政権下、スペインに生きる芸人の話。やはり芸人は、武器を持たずに勝負するのだ。かっこいいなあ。その芸人の命は凶弾に倒れても、しっかりと受け継がれていた。これは最後のシーン。

誰だって不条理な体験をもちながら、それをあいまいにごまかしながら日々を送る。不条理な現実を解決できなくても、すれすれのところで、その不条理さに対してどこまで抵抗できるか。人が生きることのエッセンスのひとつはそこにある。

不条理さを感じることは、映画の芸人も僕も同じなのだけど、何もできない自分のもどかしさを肯定する一歩にはなったような気がする。

母の状態は重い。本院に意識があるのがつらい。そんな現実にどうにもできない私の過去と現在。これまで何人かのひとびとに説明しようとしたのだけれど、言霊は届く前に墜落した。

僕のもどかしさを描いてくれたのがこの映画かもしれないなあと考えながら神戸を後にした。救いは、映画をみながらしこたま流した良質の涙。それでも僕は生き延びなければならないなあ。

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2012年3月 7日 (水)

ペルシアの夢

ペルシアに行ってきた。今はイランと呼ぶ方がふつうなのだが、「ペルシア」の方が僕の気持ちをくすぐるのは間違いない。今の政治状況からは想像できない、人々のおおらかさとやさしさ。これは決して旅人の感傷などではなく、彼らがその長い歴史の中で築き上げてきたものなのだと思う。思えばこの一年、アフリカに通いながらもニューギニア、ペルシアと足を延ばすチャンスが与えられた。これはまったくもって幸せというもの。

見知らぬ土地で多くのものごとやたくさんの人にお世話になりながら、考えたこと。それは、「広い世界を見ることができたのだから、小さなことは忘れてしまおう」ということとは正反対で、「だからこそ自分の小さな日常を大切にしよう」ということだった。

1年間続いた、「大旅行」は今回で一区切り。しばらくは日本にいる予定なのだけど、小さくささやかな毎日をいとおしく思うようになりたい。とはいえ、散らかりまくった家の中や職場のデスクを片付けることから始めなければならないのはちと気が重い・・・

まあなんとかやっていくさ。その前に時差ボケをなんとかしたいけどね。

話題のホルムズ海峡、一見したところとても穏やかであった。

Holms

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2012年2月10日 (金)

地中海の雪

1月のサハラは想像以上に寒く、震えっぱなしの滞在であった。昼間、つかのま太陽が出た時の幸せは十分に享受できたけどね。

そして、アルジェに戻ると雪。数十年ぶりの大雪。まさか地中海で雪が降るとは考えてもみなかった。ちょっと山手に入るともう40㎝の積雪。寒さに凍えながらも大家族の暖かさを感じることができたのはなんとも不思議。

旅人は、ちょっとだけ大家族の一員となった。

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2012年1月 4日 (水)

京都の正月は曇っていたよ

誰とも口をきくことがない5日め、思い立って初詣にいってみた。何かにつけて北野天満宮のいってしまうのは、縁があろうというものか。たこ焼きやら、モツにやら、広島焼きやら、さすがに縁日系の屋台も進化するものだなあと思いながら、杖をついた人、楽しそうな家族連れ、他人につけいる間を与えない番たち、そんな人たちと足並みをそろえつつポケットの小銭を投げ入れて柏手。「僕自身にふりかかるつらいことにはたえますから、どうか年老いた両親に平穏な日々を」と願い、おみくじをひいた。「凶」。ありゃ。ちょっとショックであった。でも、「真面目にやっていれば救われるでしょう」というトーンに、「なんだ、これまでと同じではないか」と安堵する。今年も自分ができることをやるだけだ。虚勢や見栄や嫉妬や世間体なんぞは無用。

テレビがないから、ネットで箱根駅伝のハイライトを見た。母校は最下位。泣きそうにならいながら、ゴールするアンカーをはげまし、応援するギャラリー。結果はどうあれ、全力というのはいいものだなと思った。だから今年も全開。

正月っちゅうものは、世の中の人たちにとっては、休んだり、家族との絆を確認したりする場なのだろうけど、あいかわらず独りの僕にとっては、明日の旅立ちを確認する時期なんだ。今年の目標が2つだけ思い浮かんだけどそれは秘密。

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2011年12月28日 (水)

必然

今年は本当にあちこち動きまわった。地理的にも気分的にも。体も頭も心も一か所に落ち着くことなく動きまわった。それは自分が望んだものでもあり、望まなかったものでもある。そういう状態は、きっと避けられるものではないのだろうし、その結果、案外うれしかったこともあるのかもしれない。

もう10日以上も前、某大使館で頼まれた講演のあと、懇意となったカメラマンのO塚さん。15年前から名前だけはよく聞いていた。チャドですれ違い損ねた20代後半の男たち。15年後、私たちは40代となり、今はそれなりに多少は食えながらも、これから先食い続けていけるように、好きな仕事がこれからもできるように、日々をあくせく過ごすことが私たちの共通点なんだろうか。できることならO塚さんとアフリカで一度仕事をともにしてみたいと思った。

人と人との接点なんぞというものは、短くて、継続的な方が楽なのかもしれない。それは動かなければ窒息してしまいそうな者だけが思うことなのだろうか。最近は、永遠のものなんてきっとないのだと考えるようになった。変わったな、と自分自身で思うのは必然。

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2011年12月 1日 (木)

バジカ

先週、名古屋にいたとき、バジカの訃報を聞いた。バジカとは、あだ名であるが、本人から許しを得ていたので、本名で呼ぶことは無く、「バジカ、バジカ」と呼びならわしていた。バジカは社会学の研究者である。カメルーンからはじめて彼が日本に来たとき、京都のホテルまで向かえに行ったのがバジカでの出会いであった。奈良の大仏をみたときの、表情が忘れられない。後で聞くと「この世の中にこんなものがあったとは・・・」という心境であったのだそうだ。カメルーンの首都ヤウンデでのシンポジウムの後、ヤウンデに住む親戚まわりに僕を引っ張り出して、スラムのような路地を歩き、くたびれた中層住宅を訪ね、マルシェでサンダルを買ったのが、つきなみな表現だがつい昨日のようだ。バジカとならいつか楽しい共同研究もできるだろうな、なんて空想するときもあった。
そうだ、バジカの写真を以前アップしていた。「ジンギ」と本名でのせたけど。ともかく、今夜はバジカの供養。

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2011年11月26日 (土)

私は貝になった

「I山くんは、貝になるとどうしようもないよ」と言われたことがある。「深い海の底で、じっと殻を閉じたまま」。追い詰めるような相手の言葉に、沈黙1時間。それも電話。AB型の極端(自分ではそうではないと思っているけど)さが相手をそういう気持ちにさせたのだろうな。太陽に陽気になり、雨に憂う。月の加減はまだわからない。1週間の貝が開くだろうか、明日?

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がんばっていこう

帰国そうそう発表が2つとはかなり厳しい。おかげでこの1週間頭の中がグルグルしっぱなし。せっかくこうちゃんが来てくれたのに、ほとんど家政婦みたいにこきつかってしまった。こうちゃんは、35年来のともだち。同級生ではないのだけど、カマちゃんと僕を加えた3バカトリオは、今も健在なのだ。2年に一回しか顔をあわせんけどね。
こうちゃんは、おおらかで人間がでかい。中学の時大病を患ったこうちゃんは、去年25年ぶりに病気が再発してしまったらしい。なんで言わないのと文句を言う僕に、こうちゃんはあっさりとこたえた。「死にそうなときに、そんな余裕はないよ」、なっとく。「やっぱり親より先には旅だつことはできんね」というのが今回の合言葉になってしまった。こうちゃん、がんばって生きていこう。発表2つなんて楽勝だぜい、などと意気込んで、週末を迎える。要領なんてよくなくたって楽勝だぜい。明日はまた旅の空。

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